
紫式部は言わずと知れた『源氏物語』の作者。平安中期、彰子中宮に仕えた女房であり、同僚を冷静に観察した『紫式部日記』でも知られる。54帖・世界最古級の長編小説を書き上げた「言葉の人」である。
この歌は恋の歌ではない。詞書によれば、幼友達と数年ぶりに再会したのに、その人は月と競うように慌ただしく帰ってしまった——その夜に詠まれた。あなたかどうか確かめる間もないほど短い再会を、雲に隠れる夜半の月にたとえる。何百万字を紡いだ物語作者が、友との別れの寂しさはたった三十一文字に隠した。言葉を尽くすことと、言葉にできないことの間で生きた人の歌である。
原歌のはかなさを、現代の「すれ違い」に重ねました。雑踏でふと目が合ったあの日の面影は、名前を呼ぶ前に人波に消えた。連絡先も聞けず、別れの言葉も覚えていない——それでも、ほんの一瞬だったからこそ深く胸に残る。確かめなかったから、永遠になった。一瞬のめぐり逢いを、そっと抱きしめる歌です。
雑踏の中で ふと目が合った
あの日の君と 同じ笑い方で
名前を呼ぶ前に 人波にまぎれて
もう姿は 見えなくなった
ほんの一瞬の めぐり逢いだった
それでも確かに 君だったはず
夜空の月が 雲に隠れるみたいに
めぐり逢いて 見しやそれとも
わからないまま 夜は更けてゆく
あれは本当に 君だったのかな
それとも僕の 見た夢だったのかな
雲がくれにし 夜半の月影
追いかける手も 届かないまま
連絡先も 聞けないままで
別れた言葉も 覚えていない
それでも今夜 思い出している
君の声を 君のまなざしを
ほんの一瞬の めぐり逢いだから
こんなにも深く 胸に残るの
夜空の月が 雲を抜けるみたいに
めぐり逢ひて 見しやそれとも
わからないまま 時は流れて
あれは本当に 君だったのかな
それでも確かに 光はあったよ
雲がくれにし 夜半の月影
記憶のなかで 今も照らしてる
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな
めぐり逢ひて 見しやそれとも
答えはきっと もう要らないんだ
一瞬だったから 美しかった
確かめないから 永遠になった
雲がくれにし 夜半の月影
あの夜の月は 今もどこかで
誰かを照らして いるのだろう