▶平安中期・摂関政治の全盛期。藤原道長は三人の娘を次々と天皇の后とし、天皇の外祖父として権力の頂点に立ちました。この歌は寛仁2年(1018)、三女威子の立后を祝う宴で詠まれ、同席した藤原実資の日記『小右記』に書き残されました。
「この世は自分のためにあるようだ。望月のように欠けたところがない」——絶頂の誇りをそのまま歌にした、日本史上もっとも有名な自賛の歌。ただし満月は、満ちた瞬間から欠けはじめます。本人がそれをどこまで自覚していたかは、千年のあいだ議論の的です。
歌詞は「人生で一度きりの絶頂」を生きる現代の誰かに道長を重ねました。すべてが手の中にあり、世界は自分のためにある——けれど心のどこかで「月は満ちれば欠ける」と気づいている。栄光の眩しさと、それが永遠でないと知る切なさを描いた一曲です。
見上げた夜空に 完璧な月
欠けるところなど どこにもなくて
手を伸ばせば全て 届く気がした
この世界は 僕のためにある
誰もが振り返り 誰もが頷く
望んだものは 全部この手の中
今夜だけは 信じてもいいだろう
この世をば 我が世とぞ思ふ
満ちた月のように 欠けるものなど何もない
笑え 今夜は笑え
明日のことなど 誰も知らないから
望月のように ただ輝いていたい
気づいてる 月は満ちれば欠けてゆく
それでも今は 目を逸らさずに
この絶頂の風景を 焼き付けておく
いつか思い出す 夜のために
誰もが讃える その声の奥に
かすかに聞こえる 時の足音
それでも今夜は 胸を張っていたい
この世をば 我が世とぞ思ふ
満ちた月のように 欠けるものなど何もない
笑え 今夜は笑え
明日のことなど 誰も知らないから
望月のように ただ輝いていたい
この世をば我が世とぞ思ふ望月の
欠けたることもなしと思へば
この世をば 我が世とぞ思ふ
満ちた月のように 欠けるものなど何もない
誇れ 今夜は誇れ
この瞬間は 二度と戻らないから
望月のように 今 輝いていたい
欠けてゆくその前に この光を