奈良時代。阿倍仲麻呂は16歳で遣唐留学生として唐に渡り、玄宗皇帝に仕えて高官にまで上り詰めました。30数年ぶりの帰国が叶うことになった送別の宴で詠まれたのがこの一首です。しかし帰国船は嵐に遭って漂着し、結局生涯故郷の地を踏むことなく、73歳で異国に没しました。李白や王維とも親交があり、その死を悼む詩も残されています。
「広い大空を仰ぎ見れば月が昇っている。あれは奈良・春日の三笠の山に昇っていた、あの月と同じなのだなあ」——異国で見上げる月に故郷の山を重ねた望郷の絶唱です。二度と踏むことの叶わなかった故郷への、生涯変わらぬ想いをこの月が照らし続けています。
「同じ月を見て故郷を想う」というモチーフを現代に重ねました。夢を追って町を出て、慣れた暮らしも増えた笑顔も手にしたのに、夜更けにふと胸の奥が疼く。帰る場所は変わってしまったかもしれない、それでも月だけは変わらずに昇る——時を超えて誰もが抱える「帰りたい、でも帰れない」を描いています。
若き日に 海を渡った
学びの道は 果てしなく遠く
言葉を覚え 位を得ても
夜毎胸に 灯る故郷
褒められるほど 居場所は増えて
増えるほどに 遠ざかる空
天の原 ふりさけ見れば
のぼる月 ひとつきり
海も国も 隔てるけれど
同じ光が ここにある
帰りたい あの山へ
別れの宴 注がれる杯
明日は船出 待ち望んだ朝
なのになぜか 手が震えてる
帰れぬ予感 風が知らせる
潮の匂いに 紛れて落ちる
故郷の訛り 呼ぶ名前
天の原 ふりさけ見れば
春日なる 三笠の月
潮騒に かき消されても
呼んでいる あの稜線
帰りたい 帰れない
夢を追って 町を出た日
振り返らずに 決めたはずなのに
慣れた暮らし 増えた笑顔
ふと夜更けに なる胸の奥
窓の向こうに 同じ月がある
遠いあの人 見てるだろうか
天の原 ふりさけ見れば
あの頃と 同じ月
どんな町も どんな夜も
ひとつ空で 繋がってる
会いたい あの場所へ
帰る場所は もう変わったかもしれない
あの道も あの声も 変わってゆく
それでも月は 変わらずに昇る
ここでもそこでも 同じ顔をして
天の原 ふりさけ見れば
春日なる 三笠の山に
出でし月かも
天の原 ふりさけ見れば
あの山に 昇った月よ
千年前も 今夜の空も
同じ光が 照らしている
帰れなくても この空は ひとつ
会いたい あの場所へ
出でし月かも……
出でし月かも……