奈良時代。山部赤人は天皇の行幸に随行した宮廷歌人で、のちに紀貫之が柿本人麻呂と並ぶ「歌聖」と讃えた叙景の名手である。この歌は行幸の旅の途中、田子の浦の浜で富士に出会って詠まれた。
赤人はこの歌で「美しい」「感動した」という言葉を一語も使っていない。浜に出た、見た、白い、雪が降り続いている——事実と風景だけを並べて、読む者の胸に息をのむ驚きと畏敬を再現してみせた。感情を書かずに感情を伝える、三十一文字の完成形である。
歌詞はその手法へのリスペクトで書かれている。現代の主人公は、行き先も見ずに夜行バスに飛び乗った旅の途中で同じ富士に出会う。感情はすべて行動と風景に語らせ、悲しいとも美しいとも一度も言わない。旅の理由が変わっても、言葉を失って立ち尽くすことだけが千年変わらない。
田子の浦(山部赤人・百人一首4番)/ Garu JP
言い過ぎたまま ドアを閉めて
行き先も見ずに 夜行バスへ
鳴り止まない通知を ポケットに沈め
いちばん後ろの 席に沈む
カーテンの隙間 差す光に目覚め
富士川の休憩所で バスを降りた
冷たい空気を 深く吸い込んで
展望デッキへ 駆け上がる——
田子の浦に うち出でて見れば
白妙の 富士の高嶺
視界いっぱいの 白い頂が
朝日を浴びて 燃えている
「こんなに世界は 広かったんだ」
雪は降りつつ 降りつつ
海から空まで ひと筆書きの
稜線を朝の 光がなぞる
時代が絵筆を 何度替えても
この一筆は 誰も消せない
肩から力が こぼれ落ちて
握っていた手が そっとひらく
風が背中を 押した——
田子の浦に うち出でて見れば
白妙の 富士の高嶺
言い合った夜も 黙った朝も
変わらず雪を かぶったまま
何も言わずに ただそこにいる
雪は降りつつ 降りつつ
遠い日の旅人も この地に立って
同じ白さに 息をのんだ
のんだ息が ほどけて 歌になる
波の向こうから 聞こえてくる——
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の
富士の高嶺に 雪は降りつつ
謝る言葉は 決めてないけど
帰る場所なら 決まっている
写真は一枚 撮っただけ
あとは全部 目に焼き付けた
帰りのバスの 窓の向こう
雪は降りつつ 降りつつ
雪は降りつつ……