持統天皇は百人一首1番・天智天皇の娘(百人一首は父から娘への親子リレーで開幕する)。壬申の乱を戦い、父・夫・息子を次々に見送って自ら帝位に就き、日本初の本格都城・藤原京を築いた女帝である。
その女帝が自分の都から神の山・香具山を眺めて詠んだのは、恨みでも嘆きでもなく「夏が来たらしい、白い衣が干されている」というただの穏やかな日常だった。白い衣が普通に干され、季節が正しく巡っている——それは「世は平和で、民の暮らしは健やかだ」という静かな宣言である。すべてを失った人がたどり着いた、まぶしくて健やかな白。この歌の明るさは、軽くない。
本作がボサノバの軽やかさで日曜の洗濯を歌うのは、その裏地にこの重みを縫い込んでいるからだ。洗濯物が普通に干せる世の中——それが、千三百年変わらない平和の証明である。
春過ぎて(持統天皇・百人一首2番)/Garu JP
毛布の上の ねこをおろして
たたんだ冬を 押し入れの奥へ
ベランダに干した 白いシャツを
風がページを めくるように鳴らす
春過ぎて 夏来にけらし
白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
洗いたての シャツの白さで
季節がひとつ めくれてく
ららら……
すれ違う人の 袖が短い
パン屋の店先 かき氷の旗
ひだまりをまるごと 独り占めして
おなかを見せて 眠るねこ
春過ぎて 夏来にけらし
白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
街のあちこち 白が増えて
季節がひとつ めくれてく
ららら……
香具山に ゆれる白から
夏を見つけた 人がいた
カレンダーも 天気予報もない
空の下で 風だけ読んで
春過ぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山
春過ぎて 夏来にけらし
白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
洗いたての シャツの白さで
季節がひとつ めくれてく
取り込んだシャツの 山へまっ先に
飛び込むねこを どかして笑う
お日さまの匂い 胸いっぱい
たたんだ冬に 「またね」を言って
季節がひとつ めくれてく
夏来にけらし——
ららら…… 夏来にけらし——