逢坂の関は、都と東国を分ける古代最大の関所。旅立つ者も帰る者も、貴族も庶民も、必ずここを通った——日本中の出会いと別れが一点に集まる場所である。蝉丸は平安初期、この関のほとりに庵を結んだ盲目の琵琶法師と伝わる。素性は謎に包まれ、皇子説すらある伝説の人(現代では坊主めくりの「蝉丸札」で全世代に知られる)。
目の見えない歌人は、行き交う無数の足音を聴き分けながら、人の世の縮図をそこに聴いた。行く人も帰る人も、知る人も知らぬ人も、別れてはまた出会う——嘆きではなく、無常を丸ごと受け入れた達観と、かすかなユーモアの歌である。
現代の逢坂の関を「朝の駅」に置いた。改札を流れる人の川、発車メロディ、すれ違うだけの他人——蝉丸が関で聴いた circulation は、今も毎朝の駅にある。「目を閉じれば 僕にも聞こえる」は盲目の歌人への直接の敬意であり、見送られた僕(母の姿・父の肩の震え)が見送る側になる世代の円環が、「別れてはまた巡り会う」の現代の証明になっている。
朝の改札 人の川
発車メロディが 途切れずに鳴る
笛の合図で 扉が閉まる
今日もはじまる 小さな旅たち
顔も知らない 誰かと肩が
触れて離れて それきりの朝
これやこの 行くも帰るも
別れては また巡り会う
知るも知らぬも すれ違ってく
ここはさながら 逢坂の関
今日も誰かが 旅立っていく
三月の風 片道のチケット
握りしめて 乗り込んだ列車
ホームで手を振る 母の姿
動き出す窓の外 小さくなってく
泣き顔ひとつ 見せない父が
ホームのすみで 肩を震わせた
これやこの 行くも帰るも
切符一枚 握りしめて
知るも知らぬも 同じ扉を
くぐって人生 乗り換えていく
ここはさながら 逢坂の関
千年前 峠の関所に
琵琶を鳴らす 盲目の歌人
行き交う足音 聞き分けながら
人の世の全部を 歌にした
目を閉じれば 僕にも聞こえる
あの日の雑踏 今日の雑踏
これやこの 行くも帰るも 別れては
知るも知らぬも 逢坂の関
始発の駅前 やさしい風
改札へ消える 息子の背中
同じ屋根の下 すれ違うだけの
日々のぶんまで 肩が震えた
誰もがそれぞれの 物語のなかで
明日への扉を また開けていく
これやこの 行くも帰るも
別れの数だけ 人はやさしい
知るも知らぬも みんな旅人
だから巡り会えた 奇跡を歌う
ここはさながら 逢坂の関
また会う日まで 無事を祈って
逢坂の関……
逢坂の関……