▶高い山の峰の桜が咲いた。人里近い山の霞よ、どうか立ち込めないでおくれ、あの花が見えなくなるから。
決まり字:たか大江匡房(1041-1111)は平安後期を代表する大学者・歌人。神童として知られ、後三条・白河・堀河の三天皇の侍読(家庭教師)を務めた。学問の家・大江氏の出身で、菅原道真と並び称された知の巨人。
遠くの美しいもの(峰の桜)への憧れと、「その輝きを何にも遮らせたくない」という願い。
「遠くの高嶺の桜」を**遠くの街で夢を叶えた友達**に重ねた。友の晴れ姿(尾の上の桜)を、霞(世間の雑音・距離・自分の中の嫉妬)に遮らせず、まっすぐ祝福したい——祝いの歌に読み替えた。核は V2 の「くやしさも少し あったけど」という正直さと、Final Chorus「次はおれの番だ」の決意転換。祝福で終わらせず、見上げる側から咲く側へ一歩踏み出して締める。
高砂の(後拾遺和歌集・百人一首73番)Garu JP
遠くの街で がんばってる
君のうわさが 届いた夜
「咲きにけり」って 風のたより
自分のことより うれしくて
何度も転んだ日も 知ってるから
遠くからずっと 見てたから
咲いたよ咲いた 高砂の
尾の上の桜 君が咲いた
外山の霞よ 立たないで
あの晴れ姿を 見ていたいんだ
今日は祭りだ 咲いた咲いた
同じ教室で 笑ってた
「でっかくなる」って 言い合った
先に行く君を 見送った春
くやしさも少し あったけど
今なら言える 心の底から
おめでとうって 空に叫ぶ
咲いたよ咲いた 高砂の
遠くの君が 一番咲きだ
外山の霞よ 立たないで
まぶしいくらいが ちょうどいい
今日は祭りだ 鳴らせ太鼓
遥か昔の 春の日にも
尾の上の桜に 手を振った人が
同じ祈りを 空に投げた
「霞よ どうか 立たないで」
高砂の 尾の上の桜 咲きにけり
外山の霞 立たずもあらなん
咲いたよ咲いた 高砂の
次はおれの番だ 見ててくれ
外山の霞を 抜けていくよ
君のとなりで 咲いてみせる
今日は祭りだ 咲いた咲いた
外山の霞 立たずもあらなん……
咲いた 咲いた