Garu JP百人一首 / 来ぬ人を
小倉百人一首 第九十七番

来ぬ人を

権中納言定家=藤原定家出典:『新勅撰集』恋三・849
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに
焼くや藻塩の 身もこがれつつ
来ぬ人を ジャケット

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歌のものがたり

Story

時代背景

藤原定家は百人一首の撰者その人。新古今時代を代表する歌人で、「見渡せば花も紅葉もなかりけり」に象徴される幽玄・余情の美学を完成させた。この歌は万葉集の長歌(笠金村)を本歌取りし、松帆の浦で藻塩を焼く海人の乙女に、来ない人を待つ女の心を重ねた「代詠」である——男の定家が、女の声で詠んでいる。

作者の詩に込めた想い

夕なぎ——風が死んで、海が鏡になる時刻。藻塩焼きの火だけが浜で燃え続ける。待つ相手は来ない。それでも火が藻塩を焦がすように、身の内は焦がれ続ける。「まつほ」に「待つ」を、「焼く」に「灼く想い」を沈めた、技巧の頂点にある恋の歌。

歌詞にこめたもの

百首を選び抜いた本人が、自分の一首にこれを置いた——華やかな歌ではなく、ただ待つだけの夜を(Bridge「百の歌を 集めた人が」はこの事実の間接紹介)。現代の主人公は二人分のスープを温め直しながら待つ。火にかけたまま忘れたスープの「焦げる」匂いと、「焦がれる」心——定家の掛詞は千年後の台所でそのまま通じる。そして曲は一度終わってから、囁きでもう一節続く(False Ending)。待つことには、終わりがないからだ。

歌詞

Lyrics

来ぬ人を(権中納言定家・百人一首97番)/Garu JP

二人分のスープ 温め直して

テーブルの向かい 空いたままの椅子

「すぐ着く」で止まった 画面を伏せて

窓の外の道へ 目を戻す

来ぬ人を まつほの浦の

夕なぎに 焼くや藻塩の

火にかけたまま 忘れたスープ

焦げる匂いに 我に返る

身もこがれつつ こがれつつ

窓の外の空が 藍色になる

夕なぎのように 通知が止まる

冷めた皿に そっとラップをかけて

向かいの席は まだ片づけない

来ぬ人を まつほの浦の

夕なぎに 焼くや藻塩の

言い訳をまだ 考えてあげてる

やさしさごと 煮詰まってく

身もこがれつつ こがれつつ

百の歌を 集めた人が

じぶんの一首に 選んだのは

はなやかな恋の 歌じゃなく

ただ待つだけの 夜のうた

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに

焼くや藻塩の 身もこがれつつ

来ぬ人を まつほの浦の

夕なぎに 焼くや藻塩の

暗くなる画面に うつりこむ

自分の顔を なでる灯り

身もこがれつつ こがれつつ

外の道を 車が過ぎて

椅子を立って また座る

玄関の灯りは 消さないでおく

今夜もまだ 身もこがれつつ

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