▶大江山を越え、生野を通る丹後への道は遠く、まだ天の橋立の地を踏んだことも、母からの文を見たこともありません。
決まり字:おほえ平安中期・一条朝。中宮彰子のサロンに紫式部・和泉式部ら才媛が集った文化の黄金期。小式部内侍は天才歌人・和泉式部の娘で、「歌は母の代作」と陰口を叩かれていた。
歌合の前、藤原定頼に「丹後のお母様への使いは戻りましたか」とからかわれた十代の少女が、即興で返した一首。「いくの」=生野/行く野、「ふみ」=文/踏みの掛詞で「母は関係ない、これは私の歌」と証明した。侮辱への怒りと、自分の言葉への絶対の自信。定頼は返歌もできずに逃げた。
代作を疑われた小式部内侍の即興の返しを、「日本史上最高のカウンターラップ」と解釈しました。掛詞はパンチライン、即興はフリースタイル、返歌不能は完全勝利——だからこの曲はヒップホップです。原典の掛詞「文/踏み」には、第3の意味「韻を踏む」を掛けました。「まだふみもみず でも韻なら踏むわ」。実力を疑われた経験のある全ての人へ、疑われた分だけ強くなれる、と捧げる歌です。
大江山(小式部内侍・百人一首60番)/Garu JP
「どうせ誰かの 入れ知恵でしょう」
「親の名前の 威光でしょう」
ヒソヒソ声の 品評会場
おあいにくさま 余裕の表情
凡人の物差しなんて 没収
見せてあげるわ 有言実行
紙とペンなら とっくに卒業
言葉は喉から 直接発光
言いたいやつには 言わせとけばいい
黙らせたけりゃ 実力見せりゃいい
大江山 いく野の道 遠くたって
私は私の 言葉で行くわ
借り物なんて ひとつもないわ
この足で この口で 切り拓くわ
まだふみもみず でも踏み込む未知
踏んだ数だけ 増えてゆく道
見てなさい ここからが私
(おおえやま!) 王手だわ
(まだふみもみず!) ためらいも見せず
踏み鳴らせビート 行くのみだ
千年響く マイクドロップ
はるか昔の 歌合の会場
少女を囲む 大人の嘲笑
「お母様の代作 バレバレでしょう」
絡んだ男は ドヤ顔の表情
返した一首 深く刺さった
三十一文字で 時が止まった
「文」も見ないで 「踏み」もせず勝った
掛けたふたつの意味で 完封しちゃった
返す歌さえ 出てこないまま
逃げたのはどっち? 語り草のまま
大江山 いく野の道 遠くたって
あの子は自分の 言葉で立った
即興一発 逆転劇
千年語られる 伝説的
まだふみもみず でも韻なら踏むわ
生まれた時から 語呂なら強いわ
歴史に残る カウンターパンチ
(おおえやま!) 王手だわ
(まだふみもみず!) ためらいも見せず
踏み鳴らせビート 行くのみだ
千年響く マイクドロップ
なめられた時こそ 腕の見せどころ
なめてたあんたが 今じゃ笑いどころ
天才の娘は 天才を超えてく
磨いた分だけ 言葉は冴えてく
橋という字は 端と端を繋ぐ
千年前のあの子と 今の私を繋ぐ
文も 踏みも 韻も 全部踏んでみせる
大江山より高い壁も 越えてみせる
大江山 いく野の道の 遠ければ
まだふみもみず 天の橋立
大江山 越えた先まで 響かせるの
疑われた分だけ 強くなれるの
証明なんて 一首で十分
弁明なんて 一生無用
まだふみもみず でも踏み込む未知
私の道は 私が決める
まだふみもみず でも韻なら踏むわ
千年先も 私は私
(おおえやま!) (まだふみもみず!)
おおえやま…… まだふみもみず……