鎌倉時代前期の公卿・歌人。西園寺公経。源頼朝の姪を妻とし、幕府と親密だったため承久の乱では後鳥羽院に幽閉されたが、乱後は幕府の後ろ盾で太政大臣に昇り、朝廷の実力者となった。京都北山に西園寺(後の金閣寺の地)を建立し、西園寺家の祖となる。1231年に出家。藤原定家の妻の兄で、定家を支え『新勅撰集』の撰進を後援した。勅撰集に約115首が入る。百人一首の「花さそふ」は『新勅撰集』の雑歌で、老いの嘆きを落花に重ねた歌。
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
ふりゆくものは わが身なりけり
花を誘って散らす嵐の庭は、雪のように白い——いや、古りゆくのは花ではなく、この私自身なのだ。
決まり字:はなさ近日公開