鎌倉時代初期の公卿・歌人。藤原雅経。刑部卿頼経の子。父が源義経に加担して流罪となり、若くして鎌倉に下って源頼朝・頼家に仕えたが、上洛して後鳥羽院に見出された。1201年に和歌所寄人となり、『新古今和歌集』の撰者の一人を務めた。参議・従三位に至る。蹴鞠の名手で、その家系は飛鳥井家として蹴鞠と和歌の家となった。勅撰集に約135首が入る。百人一首の「み吉野の」は『新古今集』の秋歌で、坂上是則の歌を本歌とする。
み吉野の 山の秋風 さ夜更けてふるさと寒く 衣打つなり
み吉野の山に秋風が吹き、夜も更けて、かつての都は寒々と、衣を打つ砧の音が聞こえてくる。
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