第84代天皇。後鳥羽天皇の第三皇子。1210年に即位し、父の院政のもとで学問と和歌に励んだ。1221年、承久の乱に備えて子の仲恭天皇に譲位し、父とともに討幕を図ったが敗れ、佐渡に流されて21年後に同地で没した。有職故実の書『禁秘抄』、歌論書『八雲御抄』を著し、宮廷の伝統と和歌の学を後世に伝えた。定家に和歌を学び、勅撰集に約160首が入る。百人一首の「ももしきや」は『続後撰集』の雑歌で、衰えゆく朝廷を嘆いて百人一首を締めくくる。
百敷や 古き軒端の しのぶにも
なほあまりある 昔なりけり
宮中の古びた軒端に生えるしのぶ草を見るにつけても、偲んでも偲びきれないのは、栄えていた昔の御代のことだ。
決まり字:もも近日公開