平安時代中期の歌人。太政大臣藤原為光の三男。父の死後、藤原兼家の養子となった。左近中将に至ったが、994年に23歳で早世した。『大鏡』は「いみじき和歌の上手」と評し、藤原実方や藤原公任らと交流した。中古三十六歌仙の一人で、『拾遺集』以下の勅撰集に約50首が入る。百人一首の「明けぬれば」は『後拾遺集』の恋歌で、夜明けに別れる名残惜しさを詠んだ後朝の歌。
明けぬれば 暮るるものとは 知りながらなほ恨めしき 朝ぼらけかな
夜が明ければまた日は暮れ、あなたに会えると分かってはいても、それでもやはり恨めしい朝ぼらけだ。
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