平安時代中期の女流歌人。藤原賢子。紫式部と藤原宣孝の娘。母と同じく一条天皇の中宮彰子に出仕して越後弁と呼ばれ、藤原道長の子頼宗・定頼らとの交際が伝えられる。後に親仁親王(後冷泉天皇)の乳母となり、天皇の即位後は典侍として従三位に叙された。夫の高階成章が大宰大弐であったため大弐三位と呼ばれる。勅撰集に約35首が入る。百人一首の「有馬山」は『後拾遺集』の恋歌で、心変わりを疑う男に返した歌。
有馬山 猪名の笹原 風吹けばいでそよ人を 忘れやはする
有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと音を立てる——そうです、どうしてあなたを忘れたりするでしょうか。
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