平安時代末期の女流歌人。藤原信成の娘で、後白河天皇の皇女殷富門院亮子内親王に仕えた。多作で知られ「千首大輔」と呼ばれた。俊恵法師の歌林苑に参加し、藤原定家・寂蓮・西行・源頼政ら当代の歌人と広く交流し、多くの歌合に出詠した。1192年に殷富門院の出家に従って尼となった。女房三十六歌仙の一人で、『千載集』以下に約65首が入る。百人一首の「見せばやな」は『千載集』の恋歌で、源重之の歌を本歌として血涙に染まる袖を詠む。
見せばやな 雄島の海人の 袖だにも濡れにぞ濡れし 色は変はらず
お見せしたいものです、雄島の漁師の袖でさえ、濡れに濡れても色は変わらないのに——血の涙で色の変わった私の袖を。
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