平安時代後期の歌人・歌学者。藤原顕輔の次男。父との不和もあって昇進は遅れ、太皇太后宮大進・正四位下に至った。父の後を継いで六条藤家の中心となり、二条天皇の命により『続詞花集』を撰したが、天皇の崩御で勅撰集とはならなかった。歌学書『袋草紙』『奥義抄』は和歌の故実・作法を集成した貴重な文献。多くの歌合の判者を務め、藤原俊成と歌壇を二分した。勅撰集に約95首が入る。百人一首の「ながらへば」は『新古今集』の雑歌。
長らへば またこのごろや しのばれむ
憂しと見し世ぞ 今は恋しき
この先も生きながらえたなら、つらい今この時も懐かしく思い出すのだろうか。昔つらかった日々が、今では恋しく思われるのだから。
決まり字:ながら