平安時代末期の僧・歌人。俗名は佐藤義清。鳥羽院の北面の武士であったが、1140年に23歳で出家し、高野山や吉野に住み、陸奥・四国など諸国を行脚した。自然と人生を率直に見つめる平明で深い歌風で、後世の芭蕉らに深い影響を与えた。家集『山家集』があり、『新古今集』には最多の94首が入る。「願はくは花の下にて春死なむ」の歌の通り、河内弘川寺で2月に没した。百人一首の「嘆けとて」は『千載集』の恋歌。
嘆けとて 月やは物を 思はする
かこち顔なる わが涙かな
「嘆け」と言って月が私に物思いをさせるのだろうか。いや違う。それなのに、月のせいだと言わんばかりにこぼれる私の涙よ。
決まり字:なげけ