平安時代末期の皇族・歌人。後白河天皇の第三皇女。1159年から10年ほど賀茂斎院を務め、病により退下、後に出家した。藤原俊成に和歌を学び、その『古来風体抄』は式子内親王のために書かれた。定家とも親交があり、謡曲『定家』の題材となった伝説を生んだ。新古今時代を代表する女流歌人で、内に秘めた激しい情感を格調高く詠む。『新古今集』に49首、勅撰集に約155首が入る。百人一首の「玉の緒よ」は『新古今集』の恋歌で、「忍ぶる恋」の題の歌。
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの 弱りもぞする
わが命よ、絶えるなら絶えてしまえ。生きながらえていれば、恋を忍び隠す力が弱って、想いがあふれてしまうから。
決まり字:たま