平安時代後期の公卿・歌人。徳大寺実定。右大臣公能の長男で、藤原俊成の甥。1189年に左大臣に至り、祖父実能と区別して後徳大寺左大臣と呼ばれた。和歌・管弦・今様に通じ、『平家物語』には治承年間に不遇をかこつ姿や厳島参詣の逸話が語られる。晩年に出家した。日記『槐林記』がある。勅撰集に約75首が入る。百人一首の「ほととぎす」は『千載集』の夏歌で、鳴き声の方を見ればもう有明の月だけが残ると詠む。
ほととぎす 鳴きつる方を ながむればただ有明の 月ぞ残れる
ほととぎすが鳴いた方角を眺めれば、そこにはただ有明の月だけが残っていた。
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