平安時代後期の公卿。藤原忠通。関白忠実の長男。摂政・関白を長く務め太政大臣に至ったが、父と弟頼長との対立から1156年の保元の乱を招き、後白河天皇方の勝利で権勢を保った。1162年に出家し法性寺に住んだ。漢詩・書に優れ、詩集『法性寺関白御集』があり、書は法性寺流の祖とされる。歌合を多く主催し、勅撰集に約70首が入る。子に慈円・九条兼実。百人一首の「わたの原」は『詞花集』所収で、「海上遠望」の題で詠んだ歌。
わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの
雲居にまがふ 沖つ白波
大海原に漕ぎ出して見渡せば、雲かと見まがうばかりの沖の白波であるよ。
決まり字:わたのはらこ近日公開