平安時代末期から鎌倉時代初期の天台宗の僧・歌人・歴史家。関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟。11歳で出家し、1192年に天台座主となり、以後4度その座に就いた。後鳥羽院の信任が厚く、大僧正に至る。道理による歴史の理解を説いた史論『愚管抄』は、日本最初の歴史哲学の書とされる。歌人としても後鳥羽院歌壇の中心にあり、『新古今集』に92首、勅撰集に約270首が入る。百人一首の「おほけなく」は『千載集』の雑歌で、若き日に仏道への志を詠んだ歌。
おほけなく うき世の民に おほふかな
わがたつ杣に 墨染の袖
身の程知らずなことだが、このつらい世を生きる民を包んでやろう。比叡山に住み始めた私の、この墨染の袖で。
決まり字:おほけ近日公開