奈良時代の公卿・歌人。大伴安麻呂の長男で、大伴家持の父。720年に征隼人持節大将軍として九州に赴き、728年ごろ大宰帥として大宰府に下った。任地で山上憶良らと交流して筑紫歌壇を形成し、730年の梅花の宴を主催した。その序文は元号「令和」の典拠となった。同年、大納言に昇って帰京し、翌年没した。『万葉集』に約70首が入り、「酒を讃むる歌十三首」や亡き妻を偲ぶ歌など、老荘思想の影響を受けた自由で率直な歌風で知られる。
世間は 空しきものと 知る時しいよよますます 悲しかりけり
♪ 「いよよますます」を聴く