平安時代中期の僧・歌人。出自は不明で、比叡山の僧として祇園別当を務め、後に大原に隠棲した。晩年は雲林院に住んだと伝えられる。1035年の関白左大臣頼通歌合、1057年の皇后宮寛子春秋歌合などに出詠し、能因法師や相模らと交流した。勅撰集に約30首が入る。百人一首の「さびしさに」は『後拾遺集』の秋歌で、大原に住んだころの歌とされ、耐えかねた寂しさに宿を出ても、どこも同じ秋の夕暮れだと詠む。
さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば
いづこも同じ 秋の夕暮れ
寂しさに耐えかねて庵を出て眺めてみれば、どこも同じ寂しさに包まれた、秋の夕暮れだった。
決まり字:さ