平安時代中期の女流歌人。源頼光の養女とされ、実父は不明。相模守大江公資と結婚して任地に下り、その官名から相模と呼ばれたが、後に離別した。一条天皇の皇女脩子内親王、次いで後朱雀天皇の皇女祐子内親王に仕え、歌合で活躍した。藤原定頼との贈答歌も残る。中古三十六歌仙の一人で、『後拾遺集』に40首など勅撰集に約110首が入る。百人一首の「恨みわび」は『後拾遺集』の恋歌で、1051年の内裏歌合の歌。
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
恨む気力も涙も涸れ果てた袖さえ惜しいのに、恋のせいで浮名まで立って朽ちていく我が身が惜しまれてならない。
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