大中臣能宣は平安時代中期の歌人で、代々伊勢神宮の祭主をつとめた家の人。三十六歌仙のひとりで、宮中の梨壺で『後撰和歌集』の編纂にあたった「梨壺の五人」にも数えられる。61番「いにしへの」の伊勢大輔は孫にあたる。なお、この歌の作者については異説もある。「御垣守」は宮中の門を守る衛士のことで、衛士は夜通し篝火をたいて門を守り、朝になるとその火を消した。
衛士のたく篝火が、夜は燃えて昼は消えるように、わたしの恋心も夜ごと燃えあがり、昼は消え入るように物思いに沈む。「つつ」は、それが毎日くり返されていること。燃える自分と、その火を消して何事もない顔をする自分。終わらない明滅そのものを、恋の苦しさとして詠んでいる。
この歌に惹かれたのは、恋する人と、それを見張る人が、同じひとりの中にいるところでした。昼は誰にでも同じ温度で「おはよう」を言い、夜には送れない言葉が燃え残る。消しても消しても燃えあがる火を、主人公は自分の中の獣だと思っています。でも衛士の火は、何かを焼くための火ではなく、夜を照らして門を守るための火です。そう気づいたとき、火を踏み消す必要はなくなります。最後の「おはよう」が平熱から微熱に変わるのは、火を消すのをやめて、その火の見張り役になると決めた印です。
御垣守(詞花集/大中臣能宣朝臣・百人一首49番)Garu JP
朝の改札
制服みたいな 笑顔を着る
「おはよう」は 平熱
あなたにも 同じ温度で
となりの席
書類をめくる この指は
ゆうべ 書いては 消した
名前を 知らないふり
日が昇れば 火に 蓋をして
何もなかった 顔で 門を閉める
見張りは わたし
見張られるのも わたし
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ
夜ごと 牙をむく 火を 朝には 踏み消して
あなたを 焦がさないように
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ
消しても 夜が 来るたびに
また 燃えあがる
夜更けの 部屋
画面だけが 篝火
打ちかけの 言葉が
送信の 手前で 燃え残る
夜番の 交代は
いつまでも 来ない
踏んだ 足の裏が
まだ 熱い
いい人で いるほど
夜は 長くなる
獣は どっち
燃える わたしか 消す わたしか
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ
衛士の 火は 焼くためじゃない
夜を 照らして 守るため
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ
改札で あなたの 名前を 呼ぶ
「おはよう」は 微熱
みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ
夜ごと たく火で あなたを 照らす
この火の 見張りは わたし