平安時代中期の女流歌人。赤染時用の娘とされるが、実父は平兼盛との説がある。文章博士大江匡衡と結婚し、匡衡衛門とも呼ばれた。藤原道長の妻倫子と娘の中宮彰子に仕え、紫式部は『紫式部日記』で歌の格調を称えている。歴史物語『栄花物語』正編の作者と目される。中古三十六歌仙の一人で、勅撰集に約95首が入り、和泉式部と並び称された。百人一首の「やすらはで」は『後拾遺集』の恋歌で、妹に代わって藤原道隆に贈った歌。
やすらはで 寝なましものを さ夜更けて
かたぶくまでの 月を見しかな
ためらわずに寝てしまえばよかったのに。あなたを待つうちに、とうとう西に傾く月を見てしまいました。
決まり字:やす