平安時代中期の公卿・歌人。藤原敦忠。左大臣時平の三男。参議を経て942年に権中納言となったが、翌年38歳で早世した。邸宅の所在から枇杷中納言・本院中納言とも呼ばれる。三十六歌仙の一人で、勅撰集に約30首が入る。琵琶の名手としても知られ、容姿端麗で右近や斎宮雅子内親王との恋が伝わる。百人一首の「逢ひ見ての」は『拾遺集』の恋歌で、逢瀬の後にかえって募る思いを詠む。
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば
昔は物を 思はざりけり
逢って結ばれた後のこの恋しさに比べれば、それ以前の想いなど、何も思っていなかったのと同じだ。
決まり字:あひ