平安時代中期の歌人。藤原師尹の孫。左近中将を務め、花山・一条朝の宮廷で風流才子として知られた。清少納言との交際も伝えられる。995年に陸奥守に任じられ、任地で落馬して没した。殿上で藤原行成と口論し笏で冠を打ち落としたため天皇の怒りを買い左遷されたという説話が『古事談』などにある。中古三十六歌仙の一人で、勅撰集に約65首が入る。百人一首の「かくとだに」は『後拾遺集』の恋歌で、伊吹山のさしも草に燃える思いを掛けた歌。
かくとだに えやはいぶきの さしも草さしも知らじな 燃ゆる思ひを
「これほど想っています」と言うことさえできないのだから、伊吹山のさしも草のように、あなたは知らないだろう、燃える私の想いを。
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