平安時代後期から鎌倉時代初期の歌人。藤原俊成。藤原基俊に学び、皇太后宮大夫・正三位に至る。1176年に出家して釈阿と号した。後白河院の命で『千載和歌集』を撰進し、歌論『古来風体抄』で「幽玄」の美を説いた。数多くの歌合の判者を務め、温雅で深みのある評は歌壇の規範となった。子の定家とともに御子左家を和歌の家として確立し、中世和歌の方向を決定づけた。91歳の長寿を保った。勅撰集に約420首が入る。百人一首の「世の中よ」は『千載集』の雑歌。
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる
この世の中に、逃れる道などないのだ。世を捨てようと分け入った山の奥でも、鹿が悲しげに鳴いている。
決まり字:よのなかよ近日公開