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平安時代後期〜鎌倉時代 · 1114–1204藤原俊成

ふじわらのとしなり · Fujiwara no Shunzei

平安時代後期から鎌倉時代初期の歌人。藤原俊成。藤原基俊に学び、皇太后宮大夫・正三位に至る。1176年に出家して釈阿と号した。後白河院の命で『千載和歌集』を撰進し、歌論『古来風体抄』で「幽玄」の美を説いた。数多くの歌合の判者を務め、温雅で深みのある評は歌壇の規範となった。子の定家とともに御子左家を和歌の家として確立し、中世和歌の方向を決定づけた。91歳の長寿を保った。勅撰集に約420首が入る。百人一首の「世の中よ」は『千載集』の雑歌。

藤原俊成の歌

1 首

百人一首 第83番

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる

この世の中に、逃れる道などないのだ。世を捨てようと分け入った山の奥でも、鹿が悲しげに鳴いている。

決まり字:よのなかよ
百人一首『千載集』無常嘆き山の奥

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