平安時代前期の女流歌人。伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えたことから「伊勢」と呼ばれた。藤原仲平・時平との恋を経て宇多天皇の寵を受け皇子を生み、後に敦慶親王との間に歌人中務をもうけた。三十六歌仙の一人で、『古今集』に女性最多の22首が入る。『伊勢集』が伝わり、屏風歌の名手としても活躍した。百人一首の「難波潟」は『新古今集』所収の恋歌。
難波潟 短き蘆の ふしの間も逢はでこの世を 過ぐしてよとや
難波潟の芦の刈り根の節の間のような、ほんのわずかな時間さえ会えないまま、この世を過ごせとあなたは言うのだろうか。
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