平安時代中期の歌人。光孝天皇の孫で、是忠親王の子。894年に臣籍降下して源姓を賜った。三河守・信濃守などの地方官や正四位下右京大夫を歴任したが、皇孫でありながら官位に恵まれず、その不遇を嘆いた逸話が『大和物語』に見える。三十六歌仙の一人で、『古今集』に6首など勅撰集に15首が入る。百人一首の「山里は」は『古今集』の冬歌で、人の訪れも草も絶える冬の寂しさを詠む。
山里は 冬ぞさびしさ まさりける人目も草も かれぬと思へば
山里は冬こそいっそう寂しさがまさる。人の訪れも絶え、草も枯れてしまうと思うと。
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