第57代天皇。清和天皇の第一皇子で、母は藤原高子。876年にわずか9歳で即位したが、乱行を理由に884年、摂政藤原基経によって退位させられ、光孝天皇が擁立された。退位後は陽成院と呼ばれ、80歳を超える長命を保った。百人一首の「筑波嶺の」は『後撰集』所収で、後に妃となる釣殿の皇女(綏子内親王)に贈った恋歌。陽成院の勅撰集入集歌はこの一首のみである。
筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
筑波嶺の頂から流れ落ちるみなの川が、次第に深い淵となるように、私の恋心も積もりに積もって深い淵となってしまった。
決まり字:つく