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百人一首 第44番・中納言朝忠逢ふことの

中納言朝忠出典:『拾遺集』恋一・678
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし
百人一首『拾遺集』恋嫉妬・恨み
逢ふことの ジャケット

現代語訳

逢うことが二度とないのなら、かえって、あの人のつれなさも我が身の不運も、恨むことはないだろうに。

決まり字:あふこ

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歌のものがたり

Story

時代背景

藤原朝忠は平安時代中期の貴族で、三十六歌仙のひとり。笙の名手としても知られる。この歌は、村上天皇の天徳四年(960年)に宮中で開かれた「天徳内裏歌合」で、「逢ふこと」という題を与えられて詠まれた一首。40番「忍ぶれど」と41番「恋すてふ」が名勝負を演じたのと同じ歌合である。目の前に失恋があったわけではない。それでも千年のあいだ、恋の歌として読まれ続けてきた。題を与えられて書かれた歌が、実際に苦しんでいる人の言葉として届いてしまう。歌合とは、そういう技術を競う場だった。

詠み人の想い

逢わなければよかった、と言っている。けれどこの歌の主眼は後悔ではない。「人をも身をも」、相手のことも自分自身のことも、両方恨んでいると認めているところである。相手だけを責めず、責める自分も一緒に数えている。そして「なかなかに」(かえって)の一語が、この歌をただの後悔から引き離す。逢わなければ穏やかだった。でもその穏やかさは、相手を知らないままの穏やかさである。それを本当に望んでいるかどうかは、歌は最後まで言わない。

歌詞にこめたもの

この歌を読んだとき、いちばん残したいと思ったのは「逢わなければよかった」の裏側でした。一度だけふれた指先から、逢えない夜を数える日々が始まる。足りないと感じるのは、満ちていた日があったからです。逢わなかった世界の自分は、たしかに穏やかに眠れている。でもその人は、あなたの名前さえ知らない人です。それを本当にうらやましいと思えるかどうか。そこにこの歌の本当の問いがあると考えました。だから同じメロディを二度使い、サビの最後の一行だけを「それでも 逢ってしまった」から「それでも 逢ってよかった」へ裏返しました。最後のサビでは、恨みさえあなたがくれたものだと受け止めて、ふたつの言葉を並べて置いています。後悔を打ち消すのでも、美化するのでもなく、両方あるままで終わらせたかったからです。

歌詞

Lyrics

逢ふことの(拾遺集/中納言朝忠・百人一首44番)Garu JP

Verse 1

はじめから 知らない人のままで

すれちがって 終わっていたなら

名前も 声も 手のあたたかさも

わたしの中に 無かったのに

Pre-Chorus

知らないものは 欲しくならない

無いものは 数えられない

Chorus

逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに

人をも身をも 恨みざらまし

一度も 逢わずに いたのなら

あなたも わたしも 恨まずにいられた

それでも 逢ってしまった

Verse 2

あの日 ふれた 指先から

逢えない夜を 数えはじめた

名前も 声も 手のあたたかさも

わたしの中に 増えてしまった

Pre-Chorus 2

知ったものは 欲しくなる

足りないのは 満ちた日が あったから

Chorus 2

逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに

人をも身をも 恨みざらまし

一度も 逢わずに いたのなら

あなたも わたしも 恨まずにいられた

それでも 逢ってよかった

Bridge

逢わなかった世界の わたしは

今夜も よく眠れているだろう

恨むことも 数えることもなく

あなたの 名前も 知らないまま

Final Chorus

逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに

人をも身をも 恨みざらまし

恨むことしか できなくても

恨みさえ あなたが くれたもの

逢って しまった

逢って よかった

Outro

なかなかに

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