陽成院は第57代天皇。9歳で即位、17歳で摂政・藤原基経に退位させられた(表向きは乱行、実際は摂関政治の権力闘争)。その後は上皇として80歳過ぎまで60年以上を歌に親しんで生きた。この歌は光孝天皇の皇女・綏子内親王に贈った求婚の歌で、二人は実際に結ばれた——百人一首の恋歌では数少ない「成就した恋」。筑波山は男体山・女体山の二峰を持ち、古来「歌垣」(男女が集い歌を詠み交わす)の恋の聖地。
はじめは頂から滴る一滴の水のようだった想いが、気づけば淵のように深くなっていた。「恋ぞつもりて」——恋は降り積もるもの。帝位を奪われ人生の大半を他人に決められた院にとって、この恋は数少ない「自分の意志」だった。技巧を凝らさず比喩一本で言い切るストレートさに本気が出ている。
「恋ぞつもりて淵となりぬる」——恋は降り積もるもの、という原歌の感覚をそのまま曲の構造にしました。二つの峰から落ちた水が一つの川になるように、別々の視点で同じ始まりを歌う男女の声がサビで重なるデュエットです。結びの「この淵の名前は 君だ」が最後に「ふたりだ」へ変わる、その一語の変化だけで片想いの成就を描きました。
筑波嶺の(後撰集/陽成院・百人一首13番)Garu JP
はじまりは きっと些細なこと
「おはよう」ひとつで 晴れる朝
それだけのこと だったのに
気づけば今日も 君を探してる
はじまりは きっと偶然のこと
帰り道 ふぞろいの歩幅
それだけのこと だったのに
となりの横顔 見上げてる
一滴ずつ 落ちてくる
音もなく 積もってく
この想いに 名前をつけるなら
筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
ひとしずくの「好き」が積もって
もう戻れない 深さになった
この淵の名前は 君だ
たわいない話の 帰り道
まだ帰りたくない って思った
何気ない日々の ひとつずつが
水かさを 増やしていく
浅い川なら 渡れたのに
もう膝まで 胸まで
筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
流れの速さじゃ なくて
深さで測るものが あるんだ
この淵の底まで 君と行く
千年前 玉座を追われた人も
この想いだけは 手放さなかった
沈むことを 恋と呼ぶなら
喜んで 沈もう
筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
ひとしずくの日々が積もって
ふたりの淵は 深く静かだ
千年経っても 涸れないように
この淵の名前は 「ふたり」だ
恋ぞつもりて……
淵となりぬる