藤原興風は平安時代前期の歌人で、三十六歌仙のひとり。宇多天皇の頃の歌合でたびたび歌を詠んだ。官位は高くなかったが、管弦、とくに琴にすぐれていたと伝わる。「高砂」は播磨国(いまの兵庫県高砂市)の浜で、古くから松の名所として知られ、長寿の松の代名詞だった。
年を重ねるうちに、昔を知る友はみな先にいなくなってしまった。長生きの高砂の松なら昔を知っているだろうが、松は友ではなく、語りかけても答えてはくれない。「誰をかも」と、答えの出ない問いをくり返す。嘆きを大きな声で言わず、動かない松に向けているところに、長く生きた人の静かな孤独がある。
この孤独を、悲しいまま終わらせたくありませんでした。昔を知る人がいなくなったなら、知っている自分が覚えて歌えばいい。松は答えてくれないけれど、黙って聴いてはくれる。歌の中の「最初のコード」は、いなくなった仲間と自分をつなぐ合図です。最初に一緒に鳴らした音をひとりで鳴らし直すとき、いなくなった声が重なって聞こえる。悲しい歌詞を軽やかで爽やかなリズムに乗せたのは、喪失を抱えたまま、それでも明日もここで鳴らそうとする人の歌にしたかったからです。
誰をかも(古今集/藤原興風・百人一首34番)Garu JP
川沿いの 古い 倉庫の 脇
松の木の 下で 鳴らした 最初の コード
外れた ハモりに 四人で 笑い転げて
朝まで 帰らなかった
ひとり 遠くへ ひとり 病に
数える たびに 減ってゆく
ステージの 袖で ふと 振り向けば
ギターを 持つのは ぼくだけ
誰をかも 知る人にせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに
あの頃の ぼくらを 知るのは
あの 松の木 だけ なのに
松は 友だと 言って くれない
客席の 若い 子たちが
ぼくらの 古い 歌で 跳ねる
誰の 曲かも 知らない まま
それで いいと 思えた
帰り道 遠回りして あの 松の 下へ
最初の コードを 鳴らして みる
返事を くれない 枝の 下で
四人ぶん 歌う
誰をかも 知る人にせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに
知る人が もう いないなら
ぼくが 覚えて 歌えば いい
あしたも ここで 鳴らそう
誰をかも 知る人にせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに
外れた ハモりも そのままで
いなくなった 声が 重なる
松は 黙って 聴いて いる
今夜も 最初の コードから