赤染衛門は紫式部・和泉式部と同時代の女房歌人。藤原道長の妻・倫子とその娘の彰子に仕えた、当代一流の才女です。文人・大江匡衡との「おしどり夫婦」でも知られました。 この歌が面白いのは、実は自分の恋の歌ではないこと。「行くよ」と言ったきり来なかった藤原道隆に待ちぼうけを食わされた姉妹に代わって、翌朝詠んで送りつけた「代詠」なのです。妹の悔しさを、姉が最高の形で言語化した歌。「待った」とは一言も言わず、西に傾く月の位置だけで夜の長さを語らせる——恨み言を美に変える、赤染衛門の知性が光る一首です。
- 藤原道隆に待ちぼうけを食わされた姉妹に代わって詠んだ代詠。妹の悔しさを姉が最高の形で言語化した - 「待った」とは一言も言わず、傾く月の位置だけで夜の長さを語る抑制の美 - 「寝なましものを」には「寝ていれば夢で会えたのに」の夢の恋の伝統が響く - 赤染衛門は紫式部・和泉式部と同時代の女房歌人。大江匡衡との「おしどり夫婦」。理知と品格の人
「すぐ行くよ」ってメッセージ、それきり暗いままの画面。寝ればいいのに、カーテン越しの月あかりの下でスマホを何度も見てしまう——現代の「待つ夜」に重ねました。送りかけた「まだ起きてる?」を消して、枕に顔をうずめる夜。 Bridgeでは月あかりだけの御簾の内へ。カーテンと御簾、千年離れた二つの窓辺に、同じ月あかりが落ちています。来ない人を待った夜のことを、歌にして笑ってみせた人がいた。 そしてFinal Chorusで、この歌は待ちぼうけの敗北を勝利に反転させます——「待つことを選んだのは私だった それでもいいの 傾く月の美しさを あなたの分まで見ていたの」。来なかったあなたが見損ねた月を、私が代わりに見ておいたよ。恨み言が、贈り物に変わる瞬間です。
やすらはで(後拾遺集/赤染衛門・百人一首59番)Garu JP
「すぐ行くよ」って メッセージ
それきり画面は 暗いまま
先に寝てれば よかったのに
カーテン越しに 月あかり
待ってるなんて 認めたくなくて
「起きてただけ」と 言い訳してた
やすらはで 寝なましものを
さ夜ふけて ひとり
かたぶくまでの 月を見てた
来ないとわかって いたのなら
夢の中で 会えたのに
送りかけた 「まだ起きてる?」
消して枕に 顔をうずめる
怒ればいいのか 笑えばいいのか
月だけが 付き合ってくれた
恨んでるわけじゃ ないんだよ
ただ夜だけが 長すぎた
やすらはで 寝なましものを
さ夜ふけて まだ
かたぶくまでの 月を見てる
「おやすみ」さえ 来ないまま
西の空が 白んでいく
月あかりだけの 御簾の内で
同じ月を 見上げた人がいた
来ない人を 待った夜のことを
歌にして 笑ってみせた
やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて
かたぶくまでの 月を見しかな
やすらはで 寝ないでいたのは
待つことを 選んだのは
私だった それでもいいの
傾く月の 美しさを
あなたの分まで 見ていたの
かたぶくまでの……
月を見しかな