
喜撰法師(9世紀・生没年不詳)は六歌仙の一人でありながら、確実に彼の作と分かる歌は実質この一首だけという謎の僧侶。宇治山(京都南東・現在の喜撰山)に庵を結んで住んだ。「たつみ」は辰巳=東南の方角。「うぢ山」は地名の宇治山と「憂し(つらい)」の掛詞。古今集・雑下・983。
「私の庵は都の東南、まあこんな感じで気楽に住んでいるよ。それなのに世間は『世を憂えて宇治山に隠れた』と言っているらしいね」。世間が勝手に貼る「都落ち」「世捨て人」のレッテルを、「しかぞ住む(こんなふうに住んでるだけ)」の一言で飄々と受け流す。嘆きも反論もせず、噂話を鼻歌で笑い飛ばす余裕。千年前のスローライフ宣言や。
「世を憂う山」の掛詞で世間の噂を笑い返した喜撰の飄々を、駅から遠い町へ移住した現代の男に重ねました。「あいつは逃げた」と笑う都会の友への答えを、反論ではなく「こっちは今日もいい天気」という幸せの実況中継にしたのが、この歌の品格です。宇治はお茶どころ——千年前の掛詞の名人に、現代からもうひとつ掛詞をお返しする遊びも仕込みました。
わが庵は(古今集/喜撰法師・百人一首8番)Garu JP
駅から遠い 町に越した
通勤のない 朝を淹れる
コンビニまでは 自転車で十五分
不便って言葉が 似合う楽園
都会の友達が 言ってるらしい
「あいつは逃げた」って 笑ってるらしい
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり
逃げたんじゃなくて 選んだんだよ
まあこんな感じで やってるんだよ
噂の続きは ご自由にどうぞ
こっちは今日も いい天気
リモート会議の 画面の隅に
畑の緑が 映り込んでる
収入は少し 減ったけれど
夕焼けの取れ高は 倍になった
たまに寂しく ないかと聞かれる
寂しさよりも 静けさが勝つ
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり
千年前の 宇治の山にも
同じ噂を された人がいる
「世を捨てたんだ」と 言われて笑って
「しかぞ住む」って 歌にした
世を憂う山と 読んで宇治山
うまいこと言うね 座布団一枚
でも本人は 案外元気で
茶でも飲んでけと 笑ってる
わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり
逃げたんじゃなくて 選んだんだよ
まあこんな感じで やってるんだよ
遊びに来るなら いつでもどうぞ
こっちは今日も いい天気
世をうぢ山と……
人はいふなり