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百人一首 第70番・良暹法師さびしさに

良暹法師出典:『後拾遺集』秋上・333
さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば
いづこも同じ 秋の夕暮れ
百人一首『後拾遺集』寂しさ山里の庵(大原)
さびしさに ジャケット

現代語訳

寂しさに耐えかねて庵を出て眺めてみれば、どこも同じ寂しさに包まれた、秋の夕暮れだった。

決まり字:さ

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歌のものがたり

Story

時代背景

良暹法師は比叡山の僧で、晩年は京都・大原の草庵に隠棲しました。この歌はその大原での作とされます。寂しさから逃げようと庵の外へ出たのに、どこを見ても同じ秋の夕暮れが広がっていた——逃げ場のなさを詠んだ歌のようでいて、不思議な静けさがあります。 「どこも同じ」と知った瞬間、寂しさは自分だけのものではなくなる。夕暮れは、すべての人の上に平等に降りている。後の「三夕の歌」に先立つ、秋の夕暮れ詠の名作です。

詠み人の想い

- 良暹は比叡山の僧で、晩年は大原に隠棲。この歌は大原の草庵での作とされる - 寂しさから逃げようと外へ出たが、どこにも逃げ場はなかった——だが絶望ではなく、「どこも同じ」と知った時の不思議な静けさ・普遍性への気づきがある - 三夕の歌に先立つ「秋の夕暮れ」詠の代表作

歌詞にこめたもの

壁ばかり見てた部屋を出て、行くあてもなく夕方の街を歩く——現代の孤独から、この歌は始まります。コンビニの灯り、駅前の雑踏、イヤホンの中に隠れてすれ違う人たち。みんな一人で、同じ夕陽に染まっている。 サビの構造は原典の「どこも同じ」の三段変化です。1番「この寂しさから逃げても 行く先も夕暮れ」(逃げ場のなさ)、2番「隠れる場所をさがしても 夕暮れに見つかってしまう」(夕暮れが優しい追っ手になる)、そしてFinal——「この寂しさは 僕だけのものじゃない 同じ空の下 誰かがいる」。 Bridgeでは暮れゆく大原の草庵に触れます。戸を開けて出た人の「どこも同じ」というつぶやきは、少し笑ってた気がする——良暹の諦観のなかにあるユーモアを、夕焼け色のブラスに乗せました。

歌詞

Lyrics

さびしさに(後拾遺集/良暹法師・百人一首70番)Garu JP

Verse 1

壁ばかり見てた 部屋を出た

夕方の風が 頬にふれる

行くあてなんて ないけれど

ここにいるより ましだった

Pre-Chorus

逃げるように 歩いた道の

突き当たりで 空が燃えてた

Chorus

さびしさに 宿を立ち出でて

眺めても どこも同じ

秋の夕暮れが 降るだけ

この寂しさから 逃げても

行く先も 夕暮れ

Verse 2

コンビニの灯り 駅前の音

すれ違う人も みんな一人

イヤホンの中に 隠れて

同じ夕陽に 染まってた

Pre-Chorus 2

誰も彼も 帰る場所へ

急ぐふりして 迷ってる

Chorus 2

さびしさに 宿を立ち出でて

眺めれば どこも同じ

秋の夕暮れが 街を包む

隠れる場所を さがしても

夕暮れに 見つかってしまう

Bridge

暮れゆく大原 草の庵を

戸を開けて 出た人がいた

「どこも同じ」と つぶやいた声は

少し 笑ってた気がする

Drop

さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば

いづこも同じ 秋の夕暮れ

Final Chorus

さびしさに 立ち止まる日は

見上げてみて どこも同じ

秋の夕暮れが 降っている

この寂しさは 僕だけのものじゃない

同じ空の下 誰かがいる

Outro

いづこも同じ……

秋の夕暮れ

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