大江匡房(1041-1111)は平安後期を代表する大学者・歌人。神童として知られ、後三条・白河・堀河の三天皇の侍読(家庭教師)を務めた。学問の家・大江氏の出身で、菅原道真と並び称された知の巨人。
遠くの美しいもの(峰の桜)への憧れと、「その輝きを何にも遮らせたくない」という願い。
遠くの峰に咲いた桜を、遠くの街で夢を叶えた友達に重ねました。サビで「立たないで」と願う外山の霞は、友の輝きを曇らせるすべて——世間の雑音、距離、そして自分の中の嫉妬です。くやしさも正直に歌った上で、「まぶしいくらいがちょうどいい」と祝福を祭りにしてしまう。そしてFinalで「次はおれの番だ」——見上げる側から咲く側へ。千年前の春の願いを、友情と決意の歌にしました。
高砂の(後拾遺和歌集・百人一首73番)Garu JP
遠くの街で がんばってる
君のうわさが 届いた夜
「咲きにけり」って 風のたより
自分のことより うれしくて
何度も転んだ日も 知ってるから
遠くからずっと 見てたから
咲いたよ咲いた 高砂の
尾の上の桜 君が咲いた
外山の霞よ 立たないで
あの晴れ姿を 見ていたいんだ
今日は祭りだ 咲いた咲いた
同じ教室で 笑ってた
「でっかくなる」って 言い合った
先に行く君を 見送った春
くやしさも少し あったけど
今なら言える 心の底から
おめでとうって 空に叫ぶ
咲いたよ咲いた 高砂の
遠くの君が 一番咲きだ
外山の霞よ 立たないで
まぶしいくらいが ちょうどいい
今日は祭りだ 鳴らせ太鼓
遥か昔の 春の日にも
尾の上の桜に 手を振った人が
同じ祈りを 空に投げた
「霞よ どうか 立たないで」
高砂の 尾の上の桜 咲きにけり
外山の霞 立たずもあらなん
咲いたよ咲いた 高砂の
次はおれの番だ 見ててくれ
外山の霞を 抜けていくよ
君のとなりで 咲いてみせる
今日は祭りだ 咲いた咲いた
外山の霞 立たずもあらなん……
咲いた 咲いた