
在原行平(818-893)は業平の兄。855年、因幡守に任じられて都を離れる際、送別の宴で詠んだ歌。「いなば」は因幡(赴任先)と「往なば(行ってしまったら)」、「まつ」は因幡山の松と「待つ」の掛詞。古今集「離別」の部の巻頭を飾る、別れの歌の代表作。行平はのちに帰京し、中納言まで昇り、奨学院を創設した。
別れは避けられない。けれど「待っていると聞いたなら、すぐに帰ってくる」——離別の悲しみを、明るい約束に言い換えた歌。掛詞の技巧は遊びではなく、泣く代わりに笑って手を振るための知恵。「今帰り来む」の「今」に、行く前からもう帰りたい気持ちがにじむ。
「松」に「待つ」を掛けて別れを明るく言い換えた行平の機知を、転勤や進学で街を離れる現代の季節に重ねました。伝えたかったのは、大事なのは距離の近さではなく心の「向き」だということ。送別の宴でこの歌を詠んだ人も、ちゃんと帰ってきました。だから結びは「待っててよ」「待ってるよ」——行く側と残る側、どちらから歌っても成り立つ約束の歌にしています。
たち別れ(古今集/中納言行平・百人一首16番)Garu JP
段ボールに 詰めきれなかった
この街の 匂いと音
「元気でね」の 代わりに君は
「待ってる」と 言ってくれた
それだけで 荷物が軽い
それだけで 行ける気がする
たち別れ いなばの山の
峰に生ふる まつとし聞かば
今帰り来む 今帰り来む
待ってると 聞いたから
どんな遠くからでも 帰ってくるよ
約束は 重くない 羽のように
知らない駅の 知らない朝に
少しだけ 迷子になる
それでも胸の 奥のほうで
「待ってる」が 灯っている
離れたことで わかることがある
近さじゃなくて 向きなんだと
たち別れ いなばの山の
峰に生ふる まつとし聞かば
今帰り来む 今帰り来む
松は待つと 千年前も
同じ響きで 誰かが笑って
約束を 歌にした
因幡へ向かう 宴の夜に
別れを明るく 言い換えた人
その人もちゃんと 帰ってきた
だから僕も 大丈夫
たち別れ いなばの山の 峰に生ふる
まつとし聞かば 今帰り来む
たち別れ いなばの山の
峰に生ふる まつとし聞かば
今帰り来む 今帰り来む
待っててよ 待ってるよ
どっちでもいい どっちも同じ
松の下で また会おう
まつとし聞かば……
今帰り来む