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百人一首 第87番・寂蓮法師村雨の

寂蓮法師出典:『新古今集』秋下・491
村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に
霧立ちのぼる 秋の夕暮れ
百人一首『新古今集』寂しさ槇の山(秋の夕暮れ)
村雨の ジャケット

現代語訳

村雨の露もまだ乾かない槙の葉に、霧が立ちのぼる、秋の夕暮れ。

決まり字:む

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歌のものがたり

Story

時代背景

寂蓮法師(俗名・藤原定長、1139頃-1202)は藤原俊成の甥にして養子、定家の義兄にあたる平安末〜鎌倉初期の歌人・僧。『新古今和歌集』の撰者に選ばれながら完成を見ずに没した。この歌は「秋の夕暮れ」で結ばれる三首の名歌「三夕の歌」の一首(あとの二首は西行「心なき身にも」、定家「見渡せば」)。『新古今和歌集』秋下・491。にわか雨が過ぎ、槙(常緑の針葉樹)の葉に露が残り、そこへ山裾から白い霧が立ちのぼる——雨が露に、露が霧に、水が姿を変える数分間を三十一文字に閉じ込めた、新古今の叙景歌の到達点

詠み人の想い

「にわか雨が通り過ぎ、その露もまだ乾かない槙の葉のあたりに、霧が白く立ちのぼっていく——秋の夕暮れよ」。この歌は「寂しい」とも「美しい」とも言わない。感情語をひとつも置かず、視線を葉先の露から山の霧へと上げていくだけで、秋の夕暮れの静けさを立ち上がらせる。出家した歌人が山の庵で、雨上がりの一瞬をただ見ていた。言わないことで、いちばん深いところに届く——その沈黙こそがこの歌の心情である。

歌詞にこめたもの

かおるとクロコがこの曲で守ろうとしたのは、原歌と同じ「感情の言葉を一切使わない」という規律だった。詩人レビューを三往復して、「悲しい」「やさしい」「贈りもの」「教えてくれる」をすべて景と動作に翻訳し、「一番見せたいものこそ言わない」(きらめくと書かずに「雫が夕陽をまとう」)を貫いた。歌詞に入れた唯一の意志は「息をひとつ 置いていこう」だけ。雨上がりの街を三拍子のワルツにしたのは、立ちのぼる霧が渦を巻くように、洗われた街がゆっくり回転して見えたから——サビの「まわる まわる 霧のなかで」がその回転で、時間は数字でなく「まばたきひとつ」で測った。Bridgeの「いにしえの人も 山の庵で 同じ霧を見ていた/その目をいま 借りている」は、八百年前の寂蓮の視線を今日の誰かが借りて立ち止まる、というこの曲の発明で、ラスサビ「庵の人と 同じまばたき/借りた目で いま見ている」で回収する。男女のデュエットにしたのは、この静けさが誰かひとりのものでなく、街じゅうの誰もが同時に受け取っているものだから。

歌詞

Lyrics

村雨の(新古今集/寂蓮法師・百人一首87番)Garu JP

Verse 1

夕立の あとの 帰り道

濡れたベンチに 空が揺れる

傘をたたんで 息を吸えば

雨の匂いが 胸にひろがる

Pre-Chorus

急いだ足が ふと止まって

洗われた街が 静かになる

Chorus

村雨の 露もまだひぬ 槙の葉に

霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

雫がひとつ 夕陽をまとい

ひとつ落ちて 街がゆっくり

まわる まわる 霧のなかで

息をひとつ 置いていこう

Verse 2

街のざわめき 雨だれの奥

濡れた並木を くぐって歩く

うつむいていた 一日の重さ

葉先の雫が ほどいて揺れる

Pre-Chorus 2

乾くまでの 露のきらめき

まばたきひとつ くるりと消える

Chorus 2

村雨の 露もまだひぬ 槙の葉に

霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

湯気ゆらぐ路面 白いベール

街も山も 息を整え

まわる まわる 霧のなかで

この静けさを 覚えていよう

Bridge

いにしえの人も 山の庵で

同じ霧を 見ていた

言葉少なに ただ佇んで

その目をいま 借りている

Drop

村雨の 露もまだひぬ 槙の葉に

霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

Final Chorus

村雨の 露もまだひぬ 槙の葉に

霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

消えるまでの ひかりのすべて

庵の人と 同じまばたき

まわる まわる 霧のなかで

借りた目で いま見ている

Outro

霧立ちのぼる……

秋の夕暮れ

まわる まわる 霧のなかへ

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