大弐三位=藤原賢子(999?-1082?)は、『源氏物語』の作者・紫式部と藤原宣孝の娘。母と同じく一条天皇の中宮彰子に仕え、藤原道長の息子たち(頼宗・定頼)との交際が伝えられる才媛で、のちに親仁親王(後冷泉天皇)の乳母となり、天皇即位後は典侍として従三位に叙された。夫・高階成章が大宰大弐だったため大弐三位と呼ばれる。この歌は『後拾遺和歌集』恋二・709。詞書に「かれがれになる男の、おぼつかなくなど言ひたりけるによめる」——通いが途絶えがちになった男のほうから「あなたの心が変わったのでは」と言ってきた、その返歌である。有馬山・猪名の笹原は摂津(今の兵庫県)の歌枕で、上の句すべてが笹の音「そよ」を導く序詞。「いでそよ」は笹の「そよ」と「そうよ、それよ」の掛詞になっている。
遠のいたのは男のほうなのに、疑いの言葉を投げてきたのは男のほう。彼女は泣きも怒りもしない。「有馬山の笹原に風が吹けば、笹がそよそよと鳴るでしょう——そうよ、そのとおり。あなたを忘れたりするものですか」。恨み言をひとつも言わずに、風にそよぐ笹の音で「そうよ」と切り返し、最後の「忘れやはする」の反語で、忘れかけているのはどちらなのかを相手に突きつける。表向きは優雅な景、裏は痛烈なカウンター。母・紫式部ゆずりの機知と誇りが、三十一文字の返歌に閉じ込められている。
かおるとクロコがこの歌に惹かれたのは、「笹の音で答える」という返し方だった。恨みも涙も言わずに、風景に答えさせる。現代の恋にも同じ場面がある——返事が遅くなり、先に距離を置いたのは相手のほうなのに、「最近変わったね」と言われる夜。歌詞ではその女性が、言い返す代わりに窓を開けて、風に鳴る笹の音「そよ そよ そよ」を聞かせる。これをサビのフックにした。恨み言は「百も持ってる」けれど言わない——言えば負けな気がするから。「揺れているのは 笹の葉なのか 私なのか」で、プライドの奥の未練を一度だけ覗かせ、最後は原歌の反語をそのまま核にして「忘れるわけ ないでしょう」「あなたのほうこそ 忘れないで」と返す。泣かない、怒らない、ただ「そよ」と笑ってみせる——いにしえの女性の誇りを、今の女性の声で歌う。それがこの曲に込めた想い。
有馬山(後拾遺集/大弐三位・百人一首58番)Garu JP
返事はいつも 夜が明けてから
既読の印が 遅くなってる
「変わったね」なんて 言われても
先に遠のいたの どっちだろう
窓を開ければ 笹の葉が
風に鳴っている そよ そよ と
有馬山 猪名の笹原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする
そよ そよ そよ 風の音で
答えの代わりに 聞かせてあげる
忘れるわけ ないでしょう
恨み言なら 百も持ってる
でもそれを言えば 負けな気がして
笑ってみせる 声の向こうで
笹がざわめく 山のふもと
疑うのなら 耳をすまして
風が答える そよ そよ と
有馬山 猪名の笹原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする
そよ そよ そよ 揺れているのは
笹の葉なのか 私なのか
忘れるわけ ないでしょう
いにしえの人も 同じ夜に
恨みは言わず 風を返した
泣かないで 怒らないで
ただ そよ と 笑ってみせる
有馬山 猪名の笹原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする
有馬山 猪名の笹原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする
そよ そよ そよ 聞こえるでしょう
あなたのほうこそ 忘れないで
忘れるわけ ないでしょう
いでそよ……
そよ そよ と