参議雅経=飛鳥井雅経(1170-1221)は鎌倉時代初期の公卿・歌人。父が源義経に加担して流罪となり、若くして鎌倉に下って源頼朝・頼家に仕えたが、のち上洛して後鳥羽院に見出され、1201年に和歌所寄人、『新古今和歌集』の撰者の一人となった。蹴鞠の名手で、その家系は飛鳥井家として蹴鞠と和歌の家になる。この歌は『新古今和歌集』秋下・483。古今集の坂上是則の歌を本歌に取り、「白雪」を「衣打つ音」へ——目で見る寒さを、耳で聞く寒さに変えた新古今らしい一首。「ふるさと」は生まれ故郷ではなく、離宮のあった吉野の古い都のこと。秋の夜更けに布を打つ砧の音は、唐詩以来、旅人や夫を待つ女の孤独を映す秋の風物だった。
「み吉野の山から秋風が吹きおろす。夜も更けて、古い都は寒々と、衣を打つ音が聞こえてくる」。感情の言葉はひとつも無い。秋風・夜更け・寒さ・砧の音——景と音だけを並べて、聞こえてくる「とん、とん」に、夜中に起きて働く誰かの営みと、それを聞いているひとりの寂しさを重ねた。本歌が「寒くなりまさる」と言い切ったところを、雅経は「衣打つなり」——寒さを言わずに、寒さの音を聞かせる。若くして父を失い鎌倉と京を行き来した歌人の、静かな夜の耳がここにある。
かおるとクロコがこの歌でいちばん惹かれたのは「砧の音」——八百年前の夜中に、誰かがまだ起きて何かを打っている音だった。現代の夜にもその音はある。引っ越したばかりの部屋で窓を少し開けると、遠くで何かを打つ音がする。実家の台所の蛇口の音、まだ起きている母の足音、夜ごと回っていた洗濯機——「あれもたぶん 砧だった」。歌詞では砧のリズムを「とん とん と」というひらがなの音に変えて、サビのフックにした。原歌が寒さを言わないのに倣って、この歌も「寂しい」を言わない。かわりに残したのは「聞こえるうちは 灯りも消えない」——夜の底に響く誰かの生活音が、ひとりの夜をほんの少しだけ支える、その手触りだけ。歌詞に入れた意志は「今夜はこのまま 聴いていよう」と「眠るまで 数えていよう」の二つだけで、聴く→数える→眠る、と一方向に流れる。故郷を離れた最初の秋の夜に、いにしえの歌人と同じ音を聞いている——それがこの曲に込めた想い。曲はケルト民謡と日本の民謡を掛け合わせた。砧の音はバウロン(枠太鼓)の打音に、秋風はティン・ホイッスルと篠笛の掛け合いに——海を隔てた二つの民謡が持つ同じ哀愁が、夜なべの手のリズムに重なる。
み吉野の(新古今集/参議雅経・百人一首94番)Garu JP
引っ越したばかりの 部屋の夜
段ボールの山と 秋の風
窓を少しだけ 開けてみれば
遠くで何かを 打つ音がする
とん とん と 夜の底で
誰かがまだ 起きている
み吉野の 山の秋風 さ夜更けて
ふるさと寒く 衣打つなり
とん とん と 響く音が
夜の輪郭を なぞっていく
今夜はこのまま 聴いていよう
実家の台所 蛇口の音
まだ起きている 母の足音
夜ごと回っていた 洗濯機
あれもたぶん 砧だった
とん とん と 胸の奥で
何かがまだ 起きている
み吉野の 山の秋風 さ夜更けて
ふるさと寒く 衣打つなり
冷えた手のひら 布団のなかへ
街の灯りが ひとつ消える
とん とん と まだ止まない
砧の音は いにしえの
誰かの夜なべの 手のリズム
聞こえるうちは 灯りも消えない
窓を閉めずに 目を閉じる
み吉野の 山の秋風 さ夜更けて
ふるさと寒く 衣打つなり
み吉野の 山の秋風 さ夜更けて
ふるさと寒く 衣打つなり
とん とん と 響く音を
眠るまで 数えていよう
ふるさとの朝が 混ざるまで
衣打つなり……
とん とん と